うたたねモード

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映画『モーリス』を観ました

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4kデジタルリマスター版『モーリス 4k』の公開を知り、映画館に足を運ぼうかと思っていましたが、いかんせん暑いしだるい。

そこで、奇跡的にHDDレコーダーに眠っていた『モーリス』(ずっと前にBSで放送されたもの)を観ることにしました。

 

あらすじは、公式サイトでどうぞ。

cinemakadokawa.jp

 

『モーリス』・・・懐かしい響き。

オンタイム公開からしばらく遅れて、この映画を初めて観たのは学生時代、やはりBS放送だったと思います。

当時この映画で、わたしは圧倒的に美しい青年、ヒュー・グラントを発見したのでした。とろけるようなそのまなざしに、クラクラしたことを覚えています。

『モーリス』といえばヒュー・グラント、ヒュー・グラントといえば『モーリス』というくらい、わたしにとっては印象的な作品。

それ以来、ヒュー・グラントのファンになりました。

そうそう、先日、独身主義者で皮肉屋のヒューが、57歳にしてついに結婚しました。かなりショックだけれど、おめでとうございます!

 

さて、映画のあらすじなどほとんど覚えていなくて、美しい美青年の同性愛の話、くらいの印象しかないまま、再び『モーリス』を観てみると・・・。

やはりというか、たぶん、同じシーンでノックアウトされました。

ケンブリッジの学寮で、二人の青年が “目覚める” 瞬間の、戸惑いと、きらめきと、熱情に胸を射抜かれます。

 

しかし、時は20世紀初頭。

同性愛が許されない社会、倫理的罪の意識に深く覆われている状況の中で、二人の愛を公にすることはできません。

関係が暴露される恐れ、地位や名声を失う恐れ、自らの異質性に対する恐れ・・・。

そして、自らを疑い、抵抗し、葛藤に苦しみながら・・・。

ついにモーリス(ジェームズ・ウィルビー)は、人間性の自由に羽ばたき、クライヴ(ヒュー・グラント)は、常識の世界へと戻ってゆく。

モーリスと別れ、窓の戸を閉めたクライヴの表情がすべてを物語っていました。

 

LGBTの活動が大きなうねりとなり市民権を得ようとしている今、当時とは少し違った視点で見ることができるように思います。

社会の側に横たわる、マイノリティへの歴然とした差別。

人間性への規制や規定。そして、否定。

今でさえ、「生産性がない」と糾弾してはばからない人が少なからずいる。

 

人種差別、女性差別、性的指向差別、障碍者差別、弱者差別、貧困差別・・・数え上げればきりのない差別というもの。

わたしたちがいかに、同質なもの以外へのアレルギーを正当化し、異質なものを排除しようとする存在であるかを省みます。

 

自分と同質でない(と感じる)もの、異質な(と感じる)ものを真に理解することは難しいけれど、それはそれとして存在を認め、受け入れられずとも許容することができるくらいの懐の深さを、みなが持ち合わせるようになったら、世の中はもう少し生きやすくなるだろうと思うのです。

 

当時はわからなかったモーリス役のジェームズ・ウィルビーにエロスを再発見しつつ、美青年の触れ合いに強烈にシビレ、モーリスの熱情に打たれ、クライヴの物憂げな表情に切なさを感じながら、『モーリス』のエンドロールで抒情に浸りました。

 

わたしたち一人ひとりに、自由を。

 

『モーリス』

1987・イギリス

原作:E・M・フォースター

監督:ジェームズ・アイボリー

キャスト:ジェームズ・ウィルビー、ヒュー・グラント、ルパート・グレイヴス、ほか

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